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仙台高等裁判所 昭和28年(ネ)448号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 伏見博

被控訴人(附帯控訴人) 今野さと

主文

原判決中被控訴人勝訴の部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

被控訴人の附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決並びに附帯控訴につき「原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す、控訴人は被控訴人に対し宮城県知事の許可を条件として宮城県牡鹿郡蛇田村字新立野二百六十五番、田一反六歩、畦畔六歩を引渡せ、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする」との判決を求めた。当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において

一、被控訴人は控訴人を相手とし昭和二十六年一月十七日本件農地ほか三筆につき解約許可を宮城県知事に申請し、同年五月四日本件農地以外の三筆についてその許可があつた。しかるにその後同年十一月被控訴人の養子信吾は佐々木ふさと婚姻し稼働能力が倍加したので右の新たな事実に基いて本件土地の引渡を求めるものである。

二、被控訴人が知事の許可を条件として本件農地の引渡を求めるのは適法と認むべきである。けだし先ず知事に対し農地賃貸借契約解約の許可申請をし 実例は不許可となることが多い)、不許可の際は農林大臣に訴願しその裁決に対し(実際は裁決のない場合が多く、裁決があつてもそれまでの期間が甚だ長い)行政訴訟を提起し、更に控訴上告をし、その結果被控訴人勝訴の判決が確定しても該土地の引渡のない限り更に民事訴訟を提起し、控訴上告を経て確定し執行するものであるから訴訟上の煩雑は堪え難いものがある。これを本訴のように条件付判決を求めるときは第一、二審において事実問題が確定するから、後に知事に対し許可処分を求めても知事の判断は容易であり、実際は訴訟において確定した事実を尊重するものと考えられる。たとえ不許可処分があつてもこれに対する行政訴訟は前示引渡訴訟の記録を援用することができるから解決も速かである。要するに裁判により事実確定を先にするときは爾後の手続において判断が正確を期し得られ、また解決も速かであつて本件請求は正に訴訟経済に合致するものである。

と述べたほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

案ずるに被控訴人の本訴請求は、さきに被控訴人が控訴人に対し賃貸した本件農地につき、昭和二十六年十二月三十一日賃貸借契約の解約の申入をしたのであるが、ここに農地法第二十条による知事の許可を条件として右解約による農地の引渡を求めるというのであつて、このように農地賃貸借契約の解約の申入につき未だ農地法第二十条による知事の許可がなく従つてその解約の申入の効力を生じないものであるのにかゝわらず、あらかじめ右知事の許可を条件として右解約による農地の引渡を訴求するのは、将来の給付を求める訴に属しあらかじめその請求をする必要ある場合に限りこれを提起し得るものであることはいうまでもない。

そこで本訴請求の必要の有無につき審案するに、控訴人は、本件農地の解約の申入については正当の事由が存在するのであるが、この点の事実関係につきさきに訴訟によりこれを確定するときは、後に右解約の申入につき知事の許可を求める場合に知事のこれに対する許可不許可の判断は容易となりしかも知事は実際上訴訟において確定した事実を尊重するものと考えられるからその判断の正確を期し得られることとなるばかりでなく、右知事の許可又は不許可の処分に対し行政訴訟が提起される場合は本件訴訟記録を証拠方法として援用することができ従つてその解決が速かになるから訴訟経済にも合致することとなる旨主張する。しかし農地賃貸借契約の解約の申入につき農地法第二十条の許可申請に対する知事の許可はその正当の事由がある場合に限り許されるものであることは明かであるが、右許可は知事の裁量によつてされるものであるから従つてその判断の基礎となる右正当事由の存否も亦知事の裁量によつて認定すべきものであつて、これにつき知事の判断に先立つてあらかじめ訴訟により判断しその事実関係を確定することは許されないものといわなければならない。けだし右の場合にあらかじめ訴訟によつてこの点の判断を求むべき根拠がないからである。尤も知事の許可又は不許可の処分に対しこれを違法として右処分の取消変更の訴訟が提起された場合には右訴訟において右正当事由の存否が判断されるけれどもこれはあくまで右処分の当否を判断するためであつて上記の場合と異ることはいうまでもない。従つて亦本件訴訟記録が控訴人所論の趣旨で右取消変更の訴訟の証拠方法とされ得るものでないといわなければならない。よつて控訴人の右主張はすべて本訴請求を必要とする理由とするに足らない。なお本件において被控訴人は本件解約の申入につき正当事由の存することを争つていることは被控訴人の主張自体に徴し明白であるが、このような事情があつても、被控訴人において将来右知事の許可があつて本件農地を引渡さなければならない事情となつた場合になおその引渡を妨害する虞があることが予想され、従つて控訴人においてそのときに即時引渡請求の実現を得る必要が現に存在するものとは、速断することができないし、他に現に本訴請求の必要あることを肯認するに足る証拠はない。以上により被控訴人の本訴請求は他の点の判断をするまでもなく結局現にこれを求める必要を欠く不適法なものとして棄却を免れないものというべきである。よつて原判決がその請求を一部棄却した点は理由において異るけれども結局正当に帰するが、請求を一部認容した点は不当として取消を免れない。結局本件控訴はその理由があることに帰するが、本件附帯控訴はその理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十六条第三百八十四条第九十六条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村木達夫 佐々木次雄 畠沢喜一)

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